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百志(モモシ)

【社交不安障害の治し方】社交不安障害を克服したきっかけや克服の経緯

この記事では、僕が約10年苦しんだ社交不安障害を克服したきっかけや克服の経緯を書いていこうと思います。

ちなみに前回では、「僕が社交不安障害を発症した経緯と初期症状」を記事にまとめました。

また前々回では、「僕が経験した諸症状、辛かった出来事」を記事にまとめました。

合わせてご覧いただけると嬉しいです。

 

では、以下本題です。

新卒採用で入社した会社を退社。理由は「なんで生きてるんだろう?」と思うようになったから

僕が社交不安障害を克服した経緯の一つに、新卒採用で入社した会社の退社が挙げられます。

会社を辞める直前では、いろいろトラブルが重なったこともあり、本当に文字通り「家と会社を往復するだけの生活」を送っていました。

当時の僕の職業はシステムエンジニアです。

当時は毎日に、朝起きる、移動する、職場でパソコンをいじる、昼食をとる、職場でパソコンをいじる、会議に出る、職場でパソコンをいじる、家に帰る、シャワーを浴びる、ご飯を食べる、寝る、朝起きる、、、

をずーーーーーと繰り返していました。

辛かったです。本当に辛かったですね。

ここで当時勤めていた会社について愚痴を言うわけではありません。今だったら、”会社に勤める”ということは”そういうこと”であると理解もしています。しかし当時はそれが分かっていなかった…。

あの当時は自分の人生の中に”自分らしさ”というものが全くありませんでした。そんな中です、ある感情を強く抱くようになります。

「俺、なんで生きてるんだろう?」

会社を辞める直前は、とにかく心の中にこの感情を抱いていました。

本来、人生を豊かにするために仕事をするのが普通だと思います。ですが、当時は仕事が僕の人生になっていました。本当に本末転倒です。

そんな中、僕は尊敬していた兄に相談をしました。仕事について、人生について。そしたら兄は、こう僕に言いました。

「動かねえと何にも変えることなんてできねぇよ」

すごく感動して、熱い思いを抱いた記憶があります。

そして僕は、会社を辞めることを決意。かねてより夢だった英語圏での生活、エアーズロックの上で昼寝をする、という目標を達成するために、オーストラリアにワーキングホリデーに行くのでした。

心身共に限界を迎えた。そして自分の人生について考えるようになったこの経験は、僕が社交不安障害を克服する上で必要だった自我の目覚めだったのではないかと思います。

オーストラリアに行くも結局無理して不眠、頭痛に苦しむ

ワーキングホリデーでオーストラリアに渡航するも、ここでも結局無茶をして、僕は体調不良を起こしました。不眠と頭痛です。

ワーキングホリデーでは、渡航者は語学学校に通うことが出来るので、僕はAUS滞在の序盤3か月の間、ブリスベンという商業都市で語学学校に通いました。

初めて諸外国の人たちと触れ合い、英語で授業を受ける日々はとても刺激的で楽しかったのですが、ここでも僕は無理をし過ぎてしまいます。

「もっと早く、もっと早く英語を上達させたい。もっと人に認められたい。」

という気持ちを強く持ち過ぎた僕は、とにかく勉強ばかりしていました。毎日勉強して、せっかくのオーストラリアでの生活だというのに、学習室や図書館に引きこもってばかり、一日10時間くらい勉強していました。受験勉強でもないのにやり過ぎだったと思います。

そんな無茶をしていたところ、僕の体に不調が起きました。それは、「不眠」と「頭痛」です。

それまでは僕の人生の中で「寝れない」「頭が痛い」という不調を起こしたことは無かったのですが、この時は、頭が痛いわ上手く寝れないわで語学学校の勉強も集中出来なくなっていました。毎日疲れ切っていて、やつれていました。

初めての英語圏での生活で脳が多くの刺激を受けているというのに、追い討ちをかけるように勉強で脳に刺激を与えたのです。脳がパニック状態だったのでしょう。

僕はどうにかしようと、ブリスベンの日本語対応の病院に行ったのでした。

「そんなに長いこと薬を飲んだら、薬が君の体を蝕むよ〜」とオーストラリアのお医者さんに本気で注意された

この出来事が社交不安障害の克服におけるターニングポイントだったと思います。

先述の通り、僕はブリスベン市内の病院に行きました。その病院ではおそらくオージー?(オーストラリア人の略称)の先生と日本人看護師さんが診察に当たってくれました。

そこで、不眠と頭痛に苦しめられている旨を伝え、「今治療中の病気はないか?服用中の薬はないか?」と問診を受けます。僕はビクビクしながら、社交不安障害を患っていて、それを治療するための薬を服用中である旨を先生に伝えました。

そして先生から、「どれくらいの期間社交不安障害を治療しているのか?薬を飲んでいるのか?」問診されました。その当時で約8年目だったと思います。僕はその時自分なりの微調整で、6年と答えたと思います。笑

「そんなに長いこと薬を飲んだら、薬が君の体を蝕むよ~~」(Д)

当然英語だったんですが、そういう内容の注意を本気で受けました。

6年(計算すると正しくは8年だと思うのだが、)という間の薬の服用はとにかく長すぎで、長い期間の薬の服用は体を蝕むという説明を受けました。

そして先生と相談して、社交不安障害の薬の減量と服用の停止を目指すことになりました。

診察後の1,2週間は薬を通常の半分の量にして、そして体調に問題が無さそうであれば薬の量をさらに半分に、そしてゆくゆくは服用を止めることになりました。生活に運動を取り入れることなども勧められました。

確か頭痛や不眠は、1週間分のそれ専用の薬を処方してもらうことで対処することになりました。

薬の減量と服用の中止はなんとか成功…、というか無理やり成功させ、ここから薬を飲まないで今この記事を書いている2020年1月では3年ほど経とうとしています。もう僕の人生で社交不安障害の薬はもう必要ないですね。無駄に僕の私物整理段ボールの中に当時服用を止めた薬が保管されていますけどね。なんか自分の業だと思って捨てずにいます。笑

なんせあのオージーの先生にガチで注意されたという経験は本当に大きかったですね。あれが無かったら本腰入れて薬の服用を止めよう、社交不安障害を克服してやろうという気になっていなかったと思います。

その当時いろいろ調べたのですが、オーストラリアの医療は非常に発展していて、また精神病の治療については自然療法、運動療法を取り込むことが多いそうです。

僕が日本で通っていた心療内科では、

薬の長期服用が僕の体を蝕むことを言及してくれる医者は一人としていませんでした。運動療法や自然療法等々を勧めてくれる医者は一人としていませんでした。本気で僕の社交不安障害を治そうとしてくれた医者は一人としていませんでした。

日本の医者は収益目的が多くて、本気で患者の健康を考えている医者は本当に少ないように感じます。また他の病院との衝突を防ぐために他の病院の治療方針について口を出そうとする医者も僕の人生では見たことがありません。

オーストラリアの先生は本気で僕の体を心配してくれました。というかオーストラリアの医療の常識とかけ離れた治療方針に驚いただけかもしれませんが。ちなみにオージーの先生は治療方針変更のために英語で日本の精神科クリニックに向けにレターまで書いてくれました。

本当に、オーストラリアの先生には感謝ですね。

農業に挑戦!!体を鍛えることに目覚める。動物的本能に目覚める

先述の通り薬の服用を止めた後、語学学校を卒業、紆余曲折あった後、僕はオーストラリアで農業に挑戦しました。

ちょっとですね~、急に表現が稚拙になるですが、あれは、

地獄でした!

私たちは奴隷でした!

限界突破でした!!

もう本当に限界突破しました!!

あれはもうね、すごかったです、本当に肉体の限界という限界を超えての労働でした。兎に角きつかった。肉体的にも精神的にも…。

みんなして同じようなことを言っていました。「Like a slave!! (奴隷みたいだ!)Like we are in a jail, prison!! (刑務所、監獄にいるみたいだ!)」とみんなして言っていました。

すみません、これ以上言うと本気でお世話になった農場に失礼すぎるのでこの辺で発言を自粛します。(貴重な経験をくれたことには本当に感謝しています汗) 

僕が働いた農場では約7時間、小休憩がいくつかあるものの、本気でリンゴを取り続けました。(ちなみに他の業務もちょっとあったのですが、それは別記事でご紹介

りんご取る→りんご取る→20kgカバンに詰めて→それを大きなカゴに入れる→それを400kgにする。という作業をもうね、永遠とやりました。

休まない、喋らない、手を動かす、ズルは一切できない、とにかく手を動かす、一つのリンゴを取ったときには既に次のリンゴとその次のリンゴを視界の中に捉える、とる、とる、リンゴをとる、みたいな作業を1日7時間、毎日やるのです。毎日体バッキバキで、最初の頃は一回出勤するだけで翌日は起き上がれなくなりました。(←本気で

ちょっと気を緩めると Supervisor(経営者、監督) から言われるわけです、「Faster, Faster (早く!速く!)」。もうね、あれね、軍隊ですよ。本当に。。。

そこでも僕は頑張り屋さんなので、頑張りまくるわけですよ。本当に凄く頑張りました。そんなこんなで3ヶ月経つ頃には、僕はその農場でも Fast Picker (早い収穫者)扱いとなります。仕事も慣れてくると、一日の収穫量が約3トンにも及びました!!これ農業経験者だったら分かるはず、僕が凄いということが!!

だいぶ話が逸れました…。

要はその農業に従事した経験から、体を動かすことでどれだけ精神的に安定するのか、おひさまの元で体を動かすというのがどれだけ気持ちの良いことなのか、ということを本能レベルで学ぶことが出来ました。あと伝えるのが難しいのですが、ほんとに、

体を動かす体を動かす鍛える鍛える力がみなぎるたぎるたぎる動物としての本能が目覚める目覚める強くなる強くなる人として俺が強くなる強くなる!!

みたいな精神的な姿勢?活力?根拠のない自信?みたいなものが身に付きました。

どんなに文明が進もうとも、どんなに機械が私たちの生活の中に浸透しようとも、どこまで行っても私たちは所詮は”人”であり”動物”なんだなあと、そして”動物”である以上は”強い”ヤツが思い通りの人生を勝ち取っていくんだなあと、本能レベルで理解しました。

これは、筋力だけの話ではありません、知力も、経済力も、権力も、全てです。

農業を終え、その後もまだまだ精神的な迷いを感じたことはありましたが、常に身体を鍛え続け、心を磨く努力を続けた結果、今現在2020年、29歳、もう社交不安障害なんてものは無くなっていました。

・・・

とまあそんなこんなで、僕は約10年苦しんだ社交不安障害を克服したわけでした。

本当は10年分もっともっと細かいこと書きたいんですけどね、これ以上思ったままに記事を書いたら収拾がつかないですからね。この記事はこの辺で終わりにしたいと思います。

ここまでで、

僕が社交不安障害を発症した経緯と初期症状

僕が経験した諸症状、辛かった出来事

「社交不安障害を克服したきっかけや克服の経緯」 ← この記事はここ!

の3つの記事を書き、僕の約10年苦しんだ社交不安障害について、その発症から克服までざっくりと経験をまとめました。

今後は僕が社交不安障害を治すために取り組んだ、訓練法だったり、認知の矯正について、参考にした本や学説等々の話を交えて、記事を書いていきたいと思います。

この記事はここでおわり!

あざした!

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