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百志(モモシ)

【社交不安障害の治し方】僕が経験した諸症状、辛かった出来事

どうもこんにちわ。百志(モモシ)です。

前回では、「僕が社交不安障害を発症した経緯と初期症状」を記事にまとめました。

この記事では、僕が社交不安障害を約10年間苦しんだ上で経験した「諸症状や辛かった経験」について書いていきたいと思います。

一部前回の記事と内容が被りますが、まあそういうのは飛ばして読んでいただければと思います。

では、参ります。

体育会系の青年が怖い自信に満ち満ちた人に恐怖を感じる

これは僕が社交不安障害を発症したきっかけともなる症状ですね。前回記事でも書きましたが、この感情を強く持つようになったのは高校3年生の時で、教室を入ろうとしたのか出ようとしたのかして、入り口を通ろうとした時にばったりクラスで人気者のバスケ部の好青年と対面、その時に、目の前に意図せず人が現れて驚いたのは当然なのですが、それと同時に何故か、彼に対して強い恐怖を抱いたのでした。

なんせ強そうな人が苦手でした。

声が大きい人や、平気で人をイジる人、目がキラキラしてる人や、女性慣れしてそうな人、チャラい人、など。

まあ今でもそういう人は苦手なのですが、その"苦手"の質は別物でした。今の”苦手”という感覚は、「彼らと一緒にいると疲れるし、面白くないなー。ああいう人とは一定の距離を保ちたいなあ。離れていたいなあ。」という感覚です。苦手ではありますが、そういう人が近くにいても特別困りはしません。ただ心理的に距離をとるだけです。

ですが当時は違いました。当時の”苦手”という感覚は、「怖い。嫌だ。」という感覚でした。彼らに対して嫌な気持ちが芽生える、不安な気持ちになりました。

対面するとなんだか心拍数もあがり、なぜだか思わず目を伏せてしまいます。彼らとは話したくない…。話す機会があるとして、会話が上手くできない…。彼らは僕のことを軽視しているように感じる…。怖い…、どう接したら良いのか分からない…。というような感情を持っていたと思います。

周囲の音が気になる。みんなが常に自分に注目しているような気がする。

これについては今でも少しそうなんですけどね。w 周囲の状況に敏感にはなりやすい気質が僕にはある気がします。でもまあ、人間が動物である以上はしょうがないんですけどね。

前回記事にも書きましたが、この症状は受験戦争中に特に強まり、私は非常に困りました。

学習室で勉強していて周囲の状況、音が気になって仕方がない。隣の人の教科書のページをめくる音、彼の勉強の進捗具合、また誰かが教室に入ってきて出ていく、僕が出したシャーペンを落とした時の音、呼吸の音、のどの音、耳鳴り、心拍音が強くなる、心拍が速くなる。緊張する。周囲のことを意識しすぎて強く緊張する。

学習室で勉強をしようとして、みんなが1時間で10ページ20ページできるところを僕は2ページしかできなかった。もしくは30分くらいはもはや何もできなかった。という状況が続いたこともありました。受験戦争だというのに、戦争終盤は僕は勉強を放棄、確か当時の第一志望の大学の試験日10日前なんて、驚くほど無気力になり、勉強は一切せずに家に引きこもったりダラダラと過ごす…、そんな状態だったと思います。

人の話を聞いているのに理解が出来ない。頭に入ってこない。

これは特に、大学生時代にアルバイトをしていた時や、会社員をしていた時に多かったです。

兎に角、人の話を聞くことが出来ませんでした。

厳密に、かつ正確に言うと、物凄く真剣に相手の話を聞いているにも関わらず、それは聴覚レベルで聞こえているということであり、相手の言うことの発言の意図することを何一つ理解することができない状況だったということです。

これは物凄く苦しかったです。

先に書いた通り、物凄く真剣に聞いているのにも関わらずです。仕事をしていて何度「お前ほんっとに人の話を聞いていないよな~」と言われたか分かりません。

聞いているのに「聞いていない!」と言われる苦痛はかなり辛かったです。

人と関わる時に息切れ、動悸がする

これも辛かったです。

例えば、僕は大学生の時にアルバイトをしていたのですが、シフトが僕一人だった時に一人レジで立っていて、たまたまその時は心療内科からもらえる薬の手持ちを切らしていて、特に理由もなく息切れと動悸がして、レジカウンターの奥でしゃがみ込むようにして倒れたことがあります。

「ハァ、ハァ、ハァ」と息切れがするのです。その時確か、お客さんはいなかったと思います。ただただ理由もなく緊張し、勝手に心拍数が高くなり、苦しくなったのです。

今考えてみると、自分で自分を苦しめるように体が動いていたような気がします。自動的に自分を苦しめるように身体が機能していたということです。これって恐ろしいことだと思います。

自分に嫌な思いを与える対象について考えると、息切れ、動悸がする。泣く。心が壊れそうになる。

これね~、正直しょうがないと思います。ほんとに。

実は数か月前にも一発起こりました。確か喫茶店でです。

喫茶店でブログ記事ネタとかを考えていたんですね。そこで僕の一番の闇、”家族”についてを記事に仕様かどうしようかと考えていたんですよね。

自分の家族のことをブログのネタとして世間に発信した場合に、世間的に彼らを”悪”として発信することになる。”犯罪”じみた…、というか"犯罪"を犯している人が家族の中にいたりしていたので、その事柄についてどうブログで取り上げよう…、とか考えてる内にもう物凄く"心が壊れる"ような感覚に襲われたんですよね。ホント、痛いとか怖いとかじゃないんですよ、"壊れる"…。もうこれしか表現できないです。

ん〜、頑張って表現するとして、なんか、心臓がちょっと止まって、大きくなって、外側の方にぐぅーと出ようとする感じ?なんだかあともうちょっとでパッーンと破裂するような感じ?です。やっぱり上手く表現できないですね。

喫茶店でブログの構想を練っているときにそんな感覚に襲われたわけです。「だめだ、ハァハァ、もうだめだ、、」みたいな独り言言って、軽くテーブルに伏せました。

なったことないですけど、これがパニック発作ってやつなのかも知れませんね!笑

・・・

っとここまでで、「こんな症状に苦しんでました」っていう話をまとめました。

まとめてて自分に対して思ったのは、「あれ?俺ってまあまあ壊れてたのかも??!」という感じです。ん〜、この記事でとやかく評価することはしませんが、まあなるべくして各症状を引き起こしたんだと思います。理由なき事柄なんてこの世に一つとして無いですからね。

以降、こんな辛かった、嫌だった経験をしたという話を書いていきます。

バイト先で言われた、「このヤク中が!!!」

これは僕の大学生時代の話ですね。アルバイト先の店長から言われた一言でした。

「このヤク中がぁ!!!」って言われたことがあります。

これはとーっても酷い言葉であり、人を傷つける言葉だと思うので、この記事を読んだ心の強い人は、心の弱い人に決してこの言葉を使わないでください。そして心の弱い人は、この言葉を使ってくるような人とは今すぐに距離を取る、逃げても構いません。兎に角離れてください。 -

お願いします。

・・・

この言葉を当時のアルバイト先の店長が僕に放った経緯ですが、当時、大分疲れていた僕は、確かアルバイトを辞めようとしたと思います。

結構仲が良かった??表面上仲良くしていた私たちは、バイトが終わるとよくお酒を酌み交わしていました。そこで確か僕は、ずーとみんなに隠していた社交不安障害のこと、薬を飲んで生活をしている、アルバイトに挑んでいることを打ち明けたのでした。

いつから薬を飲み始めているのか?という質問に回答したところ、それが大体そこのアルバイトを始めた時と時期がほぼ一緒で、その時店長は「ほぼバイト始めた時と同じじゃねえか!?」と驚いていたというか、怒っていたというか、少し戸惑っていました。

(↑↑ 厳密に言えば、大学生活を初めて少しして、精神的に安定したために薬を一旦飲むのを止めていた

それで、あーでもない、こーでもないと会話して、確か僕がその場を去ろうとしたときに店長が怒りと憤りを込めて、「このヤク中がぁ!!!」と僕に言い放ったのでした。

・・・

正直…、もうずいぶん昔のことですので、当時の気持ちは正確には覚えていません。ですが…、物凄く…、深く、深く、その当時の僕は、傷つきました。

アイツから離れたのは当然正しい行動だったと思います。しかし、アイツがそういう心無いことを人に言ってしまう人間であることを俺は知っていたはず…。とっとと離れればよかったものを…、と思います。

”アレルギー性鼻炎の薬”と称して周りの人に誤魔化して薬を飲む日々

これもね~、今思えばありえない経験なんですが…。

結構長い間なんですが、母親からもらった真ん中にゾウのワッペン?が付いたアジアン風の小銭入れに社交不安障害の薬を入れて携帯していたんですね。

それでまあさすがに約10年ですよ、薬を飲むという行為を他人に隠しきれないわけですよ。当然学校で出会う人、職場で出会う人、等々に稀にですが突っ込まれるわけですよ。「なんの薬なん?それ」って。

それで僕は心が異常に弱いくせに人に変な人に思われたくないと思っている、無駄にプライドが高い人でもありましたから、バレないように周りの人に言っていたわけです、

「これね、アレルギー性鼻炎の薬なんさ」って…。

んなわけないっつうの。怪しすぎるっつうの!今の僕は思います。

ですが、実は僕、確か中学生くらいの時にアレルギー性鼻炎の治療で鼻の鼻腔をレーザーで焼いて拡張するという手術をした経験があるので、それで話に信憑性を持たせて、なんとか周りをごまかせていると信じていました。もう本当にバカですね。

唯一一人だけ、彼は頭が切れて鋭いタイプの人だったんですけど、知り合いに言われたことあります。

「手術した後なのに薬飲まなきゃなんだ。」

「うーん、そうなんだあ。薬飲まないとぶり返しちゃうんだよねえ」みたいな回答を慌てて返した記憶があります。

んなわけないっつうの。怪しすぎるっつうの!彼のことだからきっと、精神系の薬だと知っていたんじゃないでしょうか。なんとなくですがそんな気がします。

ワーホリビザの審査で、別に身体的には問題は無いのに綿密な健康診断を受けることになる

これもすっごいしょうもないエピソードです…。

僕は会社を退職後、2016年の12月にワーキングホリデーでオーストラリアに行ったんですよね。

オーストラリアにワーキングホリデーに行くには、ワーキングホリデーのビザが当然必要で、ビザの申請の過程で現在の健康状態や既往症についてをオーストラリア政府に正確に伝えなければなりません。

オーストラリアにワーキングホリデーに行こうなんていう大多数の人は健康なので、ビザ発行の過程を問題なくパス。何事もなく早い人は即日でワーキングホリデーのビザを入手できるのですが、

僕は愚直に社交不安障害を患っている旨を報告したため、政府が直々に、「健康診断および胸部X線検査」をやれと言われてしまいます。

それでまあオーストラリア政府指定の国際病院?に行くことに。日本に数か所あるうちの、僕は確か港区芝公園にある病院に行き、検査を受け、無駄に確か15,000円ほど支払う羽目になるのでした。

あれは余計な出費だった思いますわあ。

オーストラリアは国外からの薬の持ち込みはNG!?というわけで税関用の手紙を用意!!

これもちょっとおまけ的な話です。

オーストラリアという国は検疫などが非常に厳しい国です。だから諸外国からの食品、生物、薬の持ち込みについては厳しく取り締まりをしています。オーストラリアに行ったことがある人は分かると思うのですが、入国時の検査、検疫で持ち込みが妥当でない薬はもう本当に容赦なく捨てられます。

そこで僕は、社交不安障害の症状緩和に必要な薬であることを検疫に示せるように、その当時薬を処方してくれていたクリニックの先生、どうして僕に薬が必要なのかを説明する英文書、および英語の処方箋を書いてもらいました。

地味に文書発行手数料を取られました。まあこれは仕方ありませんが。確か3,000円くらいだった気がします。

それを持参して、オーストラリア入国時、ひょっとしたら検疫が容赦なく薬を捨てるんじゃないかとビクビク怯えながら、薬と英文書を提出、なんとか社交不安障害の薬をオーストラリアに持ち込むことが出来たのでした。

・・・

っとまあいろいろ書いてみました。

「僕が経験した諸症状、辛かった出来事」という話の軸でいろいろ頑張って思い出して話を書いてみました。

いろいろ思い出してみて、この記事を書いた感想ですが、「まあ変わった経験してんなー、おれ」って感じですね。まあ”現在”の僕が”過去”の僕のおかげでこうして記事を書けているのだから有難いことなのですが…、”過去”の僕はとにかく、毎日が地獄で、毎日、いつ死ねるだろうか…、と考えていました。

その地獄と、その地獄を生きている時のとことん闇しかない感情を、僕が記録していなかったが故にここで完全正確に再現して文章に出来ないのは、なんだか悲しい気もしました。

まあ過去なんて限りなく真実味のあるフィクションなんですけどね。

・・・

脱線しました。

次回の記事なんですが、「僕が社交不安障害を克服したきっかけ」的な軸で記事を書いてみようと思います。

2020年01月10日、誰もこの社交不安障害シリーズを読んでくれている人はいないですが、まあいいでしょう、そのうち誰かの目に止まって、誰かの心を救う一筋の光になるはずです。

てきとーにゆるーく記事の更新をしていきたいと思います。

 

おわり!

(o_ _)o

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